ウェブサイトの感想3

名古屋港水族館ライブ supported by ctc https://csr.ctc.co.jp/aqua/index.html
サンゴ礁大水槽とライブコーラル水槽はどう違うのか名称だけだと分からない。


徒然草第30段 http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/tsuredure/turedure000_049/turedure030.htm
果ては、嵐に咽びし松も千年を待たで薪に摧かれ*、古き墳は犂かれて田となりぬ*。
の箇所は
古詩十九首 去者日以疎(其十四)
に因んでいるが説明が無い。


■岡澤 康浩 (Yasuhiro Okazawa) - 統計データの考古学:十九世紀統計学者の読み書き実践のメディア史 - 講演・口頭発表等 - researchmap https://researchmap.jp/Yasuhiro_Okazawa/presentations/30382781
「だが」という接続詞が多い。


■ロシアの子供の怪談(ストラシルキ) https://src-h.slav.hokudai.ac.jp/publictn/88/02koshino.pdf
ソファに座ると下に落ちて肉挽き器によってミンチにされてしまうというモチーフは、怪談によく現れる。
ロトマンは19世紀の帝政ロシアの秘密警察には、座ると床下に落下してそこでムチ打たれるというソファのうわさ話が広がっていたことを記しているが、
何か人間(ロシア人?)の心性に訴えるような普遍的な恐怖の型があるのかもしれない。

人が落とし穴に落とされる都市伝説という点はオルレアンの洋服屋と同じ。


■子どもと幸福度-子どもを持つことによって、幸福度は高まるのか- https://www.pdrc.keio.ac.jp/uploads/DP2021-002_jp.pdf
次の 4 点が明らかとなった
のくだりは要旨、要約、問題意識、結論と4回も登場する。


■Global GenderGap Report2021 http://www3.weforum.org/docs/WEF_GGGR_2021.pdf
・同点の国が有る場合、その同点の次の点数が付く国の順位は同点の国の数だけ下がる。例えば0.9点で1位という国が40箇国有り、0.9点の次の点数が0.89点の場合、0.89点の国は2位ではなく41位という扱いに成る。0.01点程度の差は年によって容易に生じるので、或る年に1位だった国が0.01点下がっただけで翌年には41位と40位も転落したかの様に見える。
・GermanyのScoreは
2020では0.787
2021では0.796
なのに、2020年に比べて+0.010とされている。


■地球平面説者たちを宇宙に送って、彼らに地球の形を見せることはできないのですか?に対する三木 祐介 (Yusuke Miki)さんの回答 - Quora https://jp.quora.com/%E5%9C%B0%E7%90%83%E5%B9%B3%E9%9D%A2%E8%AA%AC%E8%80%85%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%82%92%E5%AE%87%E5%AE%99%E3%81%AB%E9%80%81%E3%81%A3%E3%81%A6-%E5%BD%BC%E3%82%89%E3%81%AB%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%81%AE%E5%BD%A2%E3%82%92/answers/280644725?ch=2&srid=oq976
何の才能も無いが人からの注目を集めたい子供が「幽霊が見える」と言い出す理屈と似ている。
陰謀論に嵌る要因が自尊心を満たす為であるとしたら、周囲の9割の人間が陰謀論者で、陰謀論が特殊な考え方とは見做されない環境で生活している人間は、自尊心が足りなくても陰謀論には嵌まらないのだろうか。


■フランス・スウェーデンにおける出生率下げ止まりの要因分解 http://www.law.ryukoku.ac.jp/~oshiro/paper/suzuki2011.pdf
・確かに要因分解に挑戦して入るが出生率を下げ止めている要因が何なのかという結論は出されていない。
・「と述べている」「としている」と他人の論の引用ばかり。「考えられる」「ではないだろうか」「意義があるだろう」という推測も多い。

>一般に,政策における出生率回復への影響を図ることは難しいとされているため,政策以外の要因おいて,出生率に影響を与えた要因は何であったのかを探っていくのが本研究の趣旨である.

初っ端から難題は放置して楽な方法に逃げている。


>また,フランスやスウェーデンについての出生率回復については,年金制度の改革,子供手当の拡充などの政策による効果が謳われることが多い.

「謳われることが多い」と表現が曖昧。


>しかし現在では,出産は個人の問題であり,政府が直接口出しをすべきではないという考え方が一般的となっている.また,政府の役割は,子どもを産みたいと希望する人々が希望通りに子どもを産めるようにするための条件整備をするものであると認識されている.

論拠が無い。


>人口学の収斂理論によると,家族政策はあってもなくても,先進国の出生率は一定の幅で同じ動向に収斂するという経験的事実があげられている.
これは家族政策に手厚いフランスの出生率が,家族政策がほとんど無いイギリスと変わらない例や,福祉先進国とされるスウェーデンが,それより政策的に見劣りする周辺スカンディナヴィア諸国と出生率が変わらないことなどがあげられている.

家族政策が手厚い、ほとんどないを区切る基準は何なのか。政策的に見劣りする、という論拠は何か。


>しかし,合計特殊出生率が低いことは,必ずしも女性が子どもを少ししか生まなくなったことを示しているとは限らない.平均出産年齢の上昇が,合計特殊出生率に影響を与えている可能性が考えられる.

ボンガーツのこの説は納得いかない。初産年齢が上がれば産める期間が減る分生涯出生人数は下がるのではないか。
という疑問については後半でも触れられている。


>スウェーデンにおいて,政策による効果があったとされているのは 1982 年から 1990 年と 1998 年から 2008 年にかけて,2 回の合計特殊出生率が上昇している部分で語られることが多い.しかし,このデータを生成した結果をみると,コーホート合計特殊出生率はおおよそ 2.0 の値のままであるし,2002 年にはわずかではあるが,上昇がみられる.もし,政策によって出生率が変わるのであれば,1982 年から 1998 年にかけて,何かスウェーデンで大きな政策変化があったことが考えられ,さらに 1992 年から 1998 年にかけても,何か合計特殊出生率を大きく下落させるような政策変化があったことが予想できる.しかし,政策が合計特殊出生率に大きな影響を与えたと考えるならば,その間のコーホート合計特殊出生率にも大きな変化を与えるのではないだろうか.藤田(2007)をはじめとする様々な論文において,政策が合計特殊出生率にプラスの影響を与えた(ように)書かれることは非常に多いが,このコーホート合計特殊出生率の変化について言及し,客観的に分析しているものはそう多くない.

一応説得力は有るが、コーホート合計特殊出生率が何によって変動したのかが判明せずもどかしい。


■【わたしの生きる道】~テンプスタッフ創業者の履歴書~vol.87 | 派遣・人材派遣会社テンプスタッフ https://www.tempstaff.co.jp/corporate/mylife/vol87.html
>8歳で父を亡くし、母も逝った。姉の美多子もこの世にいない。幸い兄、私、妹は命永らえ、それぞれの日々を送っている。

長兄の秀夫が31歳で死んだ事は忘れられている。


テンプスタッフ株式会社 篠原 欣子 |ニッポンの社長 |page2 https://www.nippon-shacho.com/interview/in_tempstaff/2/
― 男性社員を採用したということですか。

 そうです。まず86年に男性アルバイトを採用し、87年には大手商社から男性が入社。88年にはリクルートの男性営業マンをスカウトしました。その後の3年間で30名の男性社員を採用しました。

― 女性社員からの反発はなかったんですか?

 もう大混乱ですよ。既得権益を守ろうとする女性と、新しく入ってきて改革をしようとする男性の間で戦争がはじまりました。私もずいぶんと悩みました。しかし、この改革を断行しないと、会社の将来はないと確信していたので、涙を飲んでトップダウンで決断しました。どんなに苦しくてつらくても、会社の体質が変わるまではやり抜こうと固く決意しました。


Ramla Glocal ラムラ グローカルサポート:ナマズ効果 - livedoor Blog(ブログol) http://blog.livedoor.jp/k1996006/archives/50994828.html
ナマズ効果(Catfish Effect)という言葉をご存知だろうか。

その昔、ノルウェーにサーディンを常に活きたまま水揚げする漁師がいたという。
サーディンは活きたままのほうがはるかに高額で取引されるのだが、何しろイワシの仲間。
「魚偏に弱いと書いて鰯」というくらいだから、簡単に死んでしまう。
そのサーディンをどうやって活きたまま水揚げしているのか?仕組みは非常に簡単だった。
この漁師、サーディンの入った生け簀の中に、ナマズを1匹放り込んでいたのだった。
サーディンはいままで見たこともないナマズの異質な姿に緊張して泳ぎ続けるので、
活きたままの水揚げが可能という塩梅。
漁師が経営者、サーディンが古株の従業員、ナマズ中途採用の従業員、という役当てで
安穏とした組織に刺激的な人材を投入し、組織の活性化を狙う際のメタファーとしてよく用いられる言葉だ。


■関内関外日記 https://goldhead.hatenablog.com/
無駄に長い。躁状態で書いているかの様。無理して面白い事を書こうとしているが、基本的には普通の日記なのでそう面白くはない。


■女子大学生における月経前症状と食生活習慣の関連 https://www.jstage.jst.go.jp/article/eiyogakuzashi/77/4/77_77/_pdf
>2015年 7 月,千葉県 W 女子大学の 3 , 4 年生の学生を対象とした。
>本研究は和洋女子大学ヒトを対象とする生物学的疫学的研究に関する倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号第1510号,承認日2015年 7 月29日)。

最初の文では何故か和洋女子大学という名称をW女子大学としている。


上垣外憲一著 『ある明治人の朝鮮観―半井桃水と日朝関係』 https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikaku/40/0/40_109/_article/-char/ja/
>本文二七二頁のわずか三十頁弱を、「小説『 胡砂吹く風』 」に割いてはいるが、

30ページの解説を「わずか」と評している。


■(2017年8月発行)腸内細菌や皮膚細菌の種類が多様なことは健康にいいことだ http://www.mac.or.jp/mail/170801/01.shtml
>この論文を報告した研究者達は、Lugduninを産生するStaphylococcus lugdunensisとStaphylococcus aureusをマウスの鼻腔内に接種し両者の挙動を観察した。

Staphylococcus aureusという単語が前置き無く突然登場したので、この一文は2種類の菌がLugduninを産生するという意味かと思ったが、
正しくは「Lugduninを産生するStaphylococcus lugdunensisと、黄色ブドウ球菌であるStaphylococcus aureus」という意味だった。


■ホーム | Creator Clip http://creatorclip.info/
凝った作りである事と画像が多い事が理由なのか、ファイヤーフォックスで開くとクラッシュしてしまう。迷惑なウェブサイト。


■Company Info|アバコスタジオ https://avacostudio.com/company/
アバコクリエイティブスタジオの社名の由来は、

1949年、視聴覚技術の発展のため、NCCの視聴覚部門として設立され、Audio(聴く)Visual(視る)Activities Commission(事業部)の頭文字をとってAVACO(アバコ)という名称になりました。

と書かれているが、阿波良和という社員とは関係が無いのだろうか。


■名前に「子」のつく女子は賢いのか (数学ネタ33) http://homepage3.nifty.com/kouhei1016page/Math/Math033.HTM
三者が見て納得のいく分析ではなく、数値の計測方法や論拠が明記されていない。


■英国の医療事情── 医療費タダは天国か ── https://hospital.city.sendai.jp/pdf/p095-100%2030.pdf

また,入院食へのコスト削減により質の低下も起こった(病院食に限らず英国の食事は不味いが).


まず一番目の目標が待機時間の短縮である.05 年末までに外来 3 か月,入院 6 か月以内という目標を掲げたが,この目標は達成され,09 年 1月時点で外来 4.6 週間,入院 8.6 週間まで劇的に改善された4).しかしながら日本の実情と比較すると,これでも疑問符を付けざるを得ない.


GP 受診は完全予約制であり,日本のように随時アクセスできるわけではない.
英国 で は GP(General Practitioner) は 別 称 GatePerson(門番)と呼ばれており,良くも悪くも患者を篩にかけ,医療費の抑制に貢献している.
また,医療費に総枠がはめられているため,GP レベルでは検査は最小限(殆ど実施されず)であり,薬剤は安い方から順に使用される,といった事実も聞かれた.
医療へのアクセスが容易で,医療機関の競争が激しい日本とは状況は全く異なっている.
一つの例として,急性虫垂炎患者が GP 受診すると自宅安静を指示され,抗生剤治療は行われない.症状悪化した時には ER を受診するように指示される.
すなわち,腹膜炎を併発しなければ入院治療の対象とはならない.したがって,英国では穿孔性虫垂炎が多いといわれている.


誤解を恐れずに両国の医療制度につき要約すると,英国は軽症患者や慢性疾患患者に薄情で,急性の重症患者に厚い医療制度である.
一方,日本は軽症患者や慢性疾患患者に厚く,急性重症患者には薄い医療制度である.
今回の研修を通して,総じて日本の医療事情は英国より優れている,という実感を持った.しかも,英国より低い医療費でそれを実現しており,日本の医療は医療従事者の自己犠牲の上に成り立っている制度である,ということも再認識させられた.こうした犠牲の上に成り立つ制度はいずれ破綻するのは明らかである.
ロンドンにある,日本の駐在員を対象とした private 診療所を訪問した際に,「英国の医療従事者に奉仕・自己犠牲という精神は存在しない」という話を聞いた時は大きなショックを受けた.医療従事者には常に奉仕の精神が求められる日本とは大きくかけ離れていたからである.
そこに勤務する日本人医師らは口を揃えて,「自分自身は日本で医療を受けたい」と話していたのが印象的であった.


最後に,今回の研修を通して強く印象付けられた点が二つある.
ひとつは診療情報の公開のあり方である.英国では NHS 病院の機能評価のみならず治療成績までが公開されており,患者が自分の治療を受ける病院がどの位置にあるのかがわかる.
こうした情報公開によりベンチマークの病院が明らかとなり,各病院には努力目標の設定が可能となる.更に,ベンチマーク病院に近づけるためのコンサルティング業務を行う民間会社まで存在する.
DPC が導入された日本でも,近い将来にこうした診療情報公開が行われる可能性は高く,わが病院も今から診療情報の公開に向けた準備を行っておく必要がある.


反知性主義者たちの肖像 - 内田樹の研究室 http://blog.tatsuru.com/2020/09/03_1232.html
知性を働かせずに書かれた文章。何の証明も無い主観に基づいた攻撃を長々書き連ねている。
>私は私をそのような気分にさせる人間のことを「反知性的」と見なすことにしている。
> ある人の話を聴いているうちに、ずっと忘れていた昔のできごとをふと思い出したり、しばらく音信のなかった人に手紙を書きたくなったり、凝った料理が作りたくなったり、家の掃除がしたくなったり、たまっていたアイロンかけをしたくなったりしたら、それは知性が活性化したことの具体的な徴候である。私はそう考えている。
>知性と反知性を隔てるものは対面的状況でなら身体反応を通じて感知可能であると私は上に書いた。二人で顔を向き合わせている状況だったら、「私」の知性が活性化したかどうかを自己点検すれば、それだけで自分の前にいる人が知性的な人かどうかは判定できる。

「知性」の定義がおかしい。自分にとって都合の良い影響を齎してくれる人間が「好き」という意味で「知性」という言葉を使っている。


>これまでのところ、この基準を適用して人物鑑定を過ったことはない。

過る、過らないという基準が提示されていない。


>私たちがそれらの経験から学んだのは、経済についての専門知は、「想定内の出来事」だけしか起きないときにはそれなりに有用だが、「想定外の出来事」についてはほとんど役に立たないということであった。

私たちとは誰と誰か。経済についての専門知を軽んじているが、どれだけ経済に詳しいのか。


>リーマン予想は予想が示されてから150年経った現在でも証明されていないが、多くの数学者はいずれ証明されると信じている。数学における「予想」の存在が示すのは、平たく言えば、人間には「まだわからないはずのことが先駆的にわかる」能力が備わっているということである。 

数学の予想と予知を混同しているかの様な幼稚な事を書いている。予想が後に成って否定される事も有る、と理解した上で書いているとは思えない文章。


>私たちが「これは問題だ」と言うのは、まだ解けていないが、時間と手間をかければいずれ解けることが直感されているものだけである。私たちの知性は、自分がまだ解いていない問題について「まったく解けない」のか「手間暇さえかければ解ける」のかを先駆的に判断している。
 私たちの知性はどこかで時間を少しだけ「フライング」することができる。知性が発動するというのはそういうときである。まだわからないはずのことが先駆的・直感的にわかる。

何故一人称が「私」ではなく「私たち」と複数形なのか。


>このような「対象へののめり込み」は「ずばり一言で言えば」というシンプルな説明を求める知的渇望とは似て非なるものである。
> フェルマー予測は証明までに360年がかかった。一人の人間の寿命どころか、一つの王朝の興亡に匹敵する時間である。その予測が維持されたのは、時間の経過とともに予測の証明に「近づいている」という実感を世代を超えた数学者たちが共有したからである。

証明が無い。


>ポパーはかつて、科学者は先行する世代の科学者たちの「肩の上に立って」仕事をするという卓越した比喩を用いたことがある。

原典はベルナール。


>反知性的なふるまいは「狭さ」を特徴する。それは上に書いたとおりである。彼らは「いま、ここで、目の前にいる人たちを威圧すること(黙らせること、従わせること)」を当面の目標にしている。それ以外には目的がない。その場での相対的優位の確保、それが彼らの求めるもののすべてである。ほんとうにそうなのだ。彼らには「当面」しかない。彼らは時間が不可逆的なしかたで流れ、「いま、ここ」で真実とされていることが虚偽に転じたり、彼らが断定した言明の誤りが暴露されることを望まない。それくらいなら、時間が止まった方がましだと思うのである。この「反時間」という構えのうちに反知性主義の本質は凝集する。

反知性、という単語を討論の相手か陰謀論者の様な存在だと勝手に定義している。


>この無意味な作業のためにアメリカが五年間でどれほどの国益を失ったのか計算するのかを計測したものはいないが、おそらく天文学的な数値に上るだろう。彼が在任中に摘発できた「反逆者」は何人かの元共産党員だけに過ぎなかったが、彼が破壊したものは桁外れだった。

「おそらく天文学的な数値に上るだろう」「桁外れだった」と表現されているが具体的にどれだけなのか。


>「ふつうなら気後れして言えないこと」を断定的に語る者はその場の論争に高い確率で勝利する。

と書いた直後に

>ふつうの人間は同一性の反復に長くは耐えられない。同一の口調、同一のリズム、同一のピッチ、同一の身振りを繰り返すということはどこか本質的に反生命的・反時間的なふるまいだからである。

と正に『「ふつうなら気後れして言えないこと」を断定的に語』っている。


半分あきらめて生きる (内田樹の研究室) http://blog.tatsuru.com/2014/05/14_0818.php
「平時に適した子供と緊急時に適した子供が居る」という自称一般論と、富貴の人という人間が存在し何を考えているのかという点と、今の社会は閉塞感が漂っている、という意見について何一つ証明が無い。

これはたしかにほんとうの話で、「宇宙飛行士になる」とか「アイドルになる」とか「サッカー選手になる」とかいうことを「将来の夢」として小学生が卒業文集に書く分には可憐だが、二十歳過ぎて仕事もしないで家でごろごろしている人間が語ると少しもかわいげがない。そういう人はどこかで「進路修正」のタイミングを失したのである。むろん、そういう人の中にも10万人にひとりくらいの割合で、それからほんとうにNASAに就職したり、グラミー賞を受賞したり、セリエAにスカウトされたりする人も出てくることがあるので、あまり断定的には言えないが、そういう「起死回生の逆転劇」を演じられるような大ぶりな若者は年寄りの説教など端から耳を貸さないので、こちらががみがみ言ったくらいで「大輪と咲くはずだった才能が開花せずに終わった」というような悲劇は起きないから、いささかも懸念するには及ばないのである。
というようなことを書いたかに記憶している。その意見は今も変わらない。才能というのはまわりの人間がその開花を妨害しようとすればつぶせるようなやわなものではない。むしろ「自分をつぶしにかかっている」という現実そのものを滋養にして開花するのである。説教くさい一般論ですぐにつぶれてしまうような才能は「才能」とは呼ばれない。

傲慢な意見。「真に才能有る人間は説教で潰れない」という意見は根拠が無いばかりか若者に対しては有害。存在していた才能を潰してしまう可能性、危険性について全然配慮していない。説教で才能の有る若者が潰れてしまった場合どう確認するのか。『説教で潰れれば才能ではなく、潰れなければ才能である』という定義は『水に入れて死ねば魔女、生き残ったら人間』という神明裁判と同じだ。


朝日新聞インタビュー(ロング・ヴァージョン) (内田樹の研究室) http://blog.tatsuru.com/2016/01/05_1639.php
>今は移行期です。地殻変動的な移行期の混乱の中にある。グローバル資本主義はもう限界に来ています。右肩上がりの成長はもう無理です。

経済系終末論者。日蓮を信じなければ日本は滅びる、という末法思想と同じ方法で読者を脅かしている。


>社会的な関心が「成長」から「フェアな分配」に移りつつあるということを映し出しています。

足りない頭で複雑な物事を単純化してしまった結果、経済成長と分配とを二項対立として考えている。


>でも、今の社会に取り憑いている「グローバル資本主義環境に最適化するためにすべてを犠牲にしなければならない」というのはイデオロギーです。

藁人形論法。


■日本列島をどう守るか 過疎化に“100万人の引きこもり”が役立つワケ | 文春オンライン https://bunshun.jp/articles/-/41353
知識が豊富で発想は面白いが根拠に欠け話が飛躍している。


>宇沢先生が出した20~25%の農村人口という数字にはそれほどきちんとした統計的な根拠はないんじゃないかと思います。割と直感的な数字だと思います。でも、この直感を僕は信じます。

それほどきちんとした統計的な根拠はないんじゃないかと思った根拠は何なのか。


> もう1つアイディアがあるんですけれど、それは「引きこもり」の人たちに「歩哨」をしてもらうというものです。

引きこもりはどうせ暇だろうから働いて貰おう論の一種。恐らく提案した当人はやれと言われても拒否するだろう。