母方の祖母

・祖母が来ている日は脱衣所の灯りが点けっ放しに成っている。スイッチがカーテンの奥に有って押し難いからか。
・祖母は平成23年の夏に熱射病か何かで倒れたが、近所の人の通報で病院に運ばれた。あの時に死んでいたら今の様な問題には至っていなかった筈。


平成28年
15年近く前から家族に無断の外泊を始め、10年以上よその家に住んで父の家には年に数回帰るだけの生活を送り、父の母の葬式にも参列せず自由気儘に生きて来た母が、母の母である祖母をこの家に押し付けようとしてくる。祖母の面倒を看ていた母の姉が離婚したので母が面倒を看る事に成ったらしいが、何故か母は母が現在住んでいる家で引き取らず縁を切っていた筈の父の家に押し付け、週に何日か面倒を看に来るつもりだという。
母が持ち込んだ祖母用らしい寝台を捨てて抵抗し何とか祖母が押し付けられる事は阻止した。

平成29年
祖母の面倒を看ている母の姉が病気に成ったらしく再び父の家に祖母が押し付けられる事と成る。

他人がこの家で過ごす事自体がストレスであるし、祖母の性格が嫌いだし、家族の縁を切って10年以上好き勝手に生活していた母が困った時だけ家族を頼るという都合の良さが理不尽。
とにかく祖母さえ死ねば問題は円満に解決する。押し付けられるのを1年延ばしても寿命を迎えてくれなかった。
祖母は平成30年時点で88歳。日本人女性の平均余命を当て嵌めると後6.57年は生きるかも知れない。
第22回生命表(完全生命表)の概況|厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/22th/index.html

平成29年9月15日
母が祖母用の荷物を運び込む。何かクレヨンの様にえらく油臭い。便所にはスリッパが、玄関には車椅子が置かれている。どんどん我が家が侵食されて行って気分が悪い。
父は市の福祉状況だのを調べたり、母個人の都合で時間を無駄に使っている。

平成29年9月16日
母と母の姉が祖母を連れて来た。母はそのまま祖母と一緒に家に泊まったらしい。母がこの家で一晩を過ごすのは10〜13年以上振り。
父は玄関と便所に手摺りを打ち付けた。

平成29年9月17日
今迄10年以上父と自分との2人暮らしでとても気楽な生活を送っていたのに、急に2人の老婆が住み着いた。冷蔵庫は狭く成るし鼾は聞こえるし台所の机には祖母のお盆が置かれるし何だか西瓜の汁か豚肉の脂の様な変に甘い臭いがする。便所に行くとこの臭いはきつく成る。数年前母は祖母が糖尿病で注射を打っていると言っていたが、祖母の糖尿の臭いなのか。
自分が気を緩めて生活できる空間が侵食されていく。

平成29年9月18日
台所に自分が使っていたのとは違うスポンジが置かれていた。母か祖母かが俺が以前買って常備していた物を勝手に使ったのか、当人等で買った物を使っているのか分からない。勝手に手を付けられては困るので台所に置いていた食料と日用品を自室に運ぶ。

居間の長椅子に毛布が置いてあった。いつも深夜3〜4時に寝る父が昨日と一昨日は23時頃に寝ていたのを疑問に思っていたが、母は母の部屋に祖母を寝かせて自分は居間で寝ていたらしい。
母は去年祖母をこの家に住まわせた後は祖母の面倒を看に週に何日か来ると言い、今年4月には新しい勤務先がこの家から近いのでこの家に引っ越して来るとも言っていたが、母の部屋で母が寝泊まりをしないという事は前者の生活に成るのか。

母が家を出るという何でもない時に父と会話をしていた。父と母は一緒に住んでいた当時から会話を交わすのは年に4〜5回だったし、母が別居を始めてからは2年に1回程度も有ったかどうか怪しい。
母が祖母を父の家に押し付けるという事態に至って父と母が交わした会話は、大袈裟でなく過去10年分に匹敵する気がする。

祖母の顔を見る。白髪か眼鏡か夏服か冬服かも知らなかったが、白髪だった。前回最後に会ったのが北京オリンピック前なので約10年振り。

祖母のケトン臭が2階の締め切った自室にも漂って来ていて辛い。取り敢えず消臭スプレーを噴霧するが消臭スプレーの匂いで数分間上塗りする程度の対応しかできない。まさか対面を避けても存在を意識させられるとは思わなかった。

平成29年9月19日
父と母は一応は祖母を老人ホームに入所させようと考えているらしい。

平成29年9月21日
祖母が18日迄ショートステイをするという事で連れられて行った。
父によると特別養護老人ホームの空きが見付かる迄1年は、父の家とショートステイの繰り返しが続くとの事。
祖母が居ないので母も朝に家を出てから家に来なかった。

祖母のケトン臭を軽減させる為消臭剤を買い1階の便所と台所に設置する。

平成29年9月22日
臭いの発生源である祖母がいなく成ったので何の臭いもせず快適。

平成29年9月25日
15時祖母が来る。

平成29年9月26日
ショートステイで服なり体なりを洗ったのか、明らかに祖母の体臭が少なく成っている。消臭剤をわざわざ買う必要は無かったかも知れない。

平成29年9月28日
9時30分祖母がショートステイに行く。

平成29年10月5日
16時祖母が来る予定の所15時24分に母が来る。

平成29年10月7日
1階の便所に置いた消臭元が無くなっていた。ごみ袋にも玄関にも見当たらない。

平成29年10月8日
便所の消臭元について父に尋ねた所、母が、便所に色々な化学物質が有って頭が痛く成る、という理由でどこかに移したらしい。父が探すと風呂場で見付かった。
トイレスタンプと手洗い場の汚れ防止剤も移されていた。2年前に買ったトイレスタンプは量が少なく成っていたので使い切って捨てる。
汚れ防止剤は鼻を近付けないと分からない位芳香が弱いし手洗い場に置かなければ無意味なので元に戻す。
消臭元は自室に置く。祖母のケトン臭を消す為に折角買った消臭元を勝手に移す母の態度が理解できなかったが、自室に置いてみると確かに香りが強く落ち着かない。長居しなければどうというものでもないが。

父は初めてのヤフーオークションにて購入した手摺りを浴槽に付けた。落札価格は1000円で送料は1300円という。祖母は家の風呂に入るつもりなのか。タオルを勝手に使われないか心配。早く出て行って欲しい。

近々第48回衆議院議員総選挙だが、祖母の住民票は立石のおばの家で登録してあるので投票券はここの家には届かないとの事。一方、母の投票券はいつもこの家に届いている。

平成29年10月9日
消臭元を玄関に置く。

平成29年10月12日
祖母が出て行く。
風呂場の壁に手摺りが付いていた。

平成29年10月16日
16時に祖母が来る予定だったが17時前に来る。叔母の甲高い声がうるさい。母は後から来て、今日は泊まらずに帰る。

平成29年10月19日
祖母は9時からよそへ行く。
祖母が居る事で何か辛い事が発生するという訳ではないが、祖母が居ないだけでとても気が楽。靄が晴れたかの様に気分が軽く成る。

平成29年10月30日
16時来訪の予定の所17時に祖母が来る。祖母の靴のせいで俺の靴が奥に押し込まれてしまっている。
祖母が風呂に入るとケトン臭がもの凄い。

平成29年10月31日
祖母は鼾がうるさい。起きている時はこの家に来てから度々咳き込んでいる。


平成29年11月2日
9時、祖母が出て行く。

平成29年11月5日
13時、何故か母が来る。

平成29年11月13日-平成29年11月16日
生活が夜型に成っていたおかげか祖母が家に来ている間祖母の姿を見ずに済んだ。
平成29年11月13日に祖母と母が来てから便所がやけに臭い。血か滲出液か猫の小便の様な臭いがする。平成29年11月17日からは臭いが薄れて来ているので祖母か母のどちらかが原因だろう。
平成29年11月18日
玄関に置いていた消臭元を便所に移す。

平成29年11月27日
祖母と母が来ると同時に便所の消臭元が消えた。その代わりなのか父が便器にトイレスタンプを押していた。
平成29年11月29日、父に消臭元の場所を知らないかと訪ねると、便所の便器の裏側に置いたと言われた。てっきり母がどこかに移したものと思っていたが、父が母に片付けられない様に隠してくれたのだろうか。
便所では消臭元の匂いはしていたが、これは残り香かトイレスタンプの匂いだと思っていたので気付かなかった。

平成29年12月11日
17時前に祖母が来る。昼から父が家の掃除をしていたので若しやと思ったが、暦に祖母が来ると書かれていた事を見逃していた。暦には16時に来ると書かれてた。

平成30年1月4日
1月8日から来る予定が狂って今日から祖母が来る事に成ったと父に言われる。
祖母は16時半に来る。母は来ず、母が来る日は居間で寝る母に合わせていつもより早い23時に寝ていた父もいつも通りの時間に寝ている。
平成30年1月8日
祖母が帰る。
甘ったるい臭いは収まっているが、便所に入ると乾いた唾液か血の様な臭いがする様に成った。祖母の発する臭いなのか母の発する臭いなのかは分からない。
吸い込んだ臭いの成分が俺の肺に入り息と共に吐き出されているのか、便所を出た後も不意に臭いを思い出してしまう。消臭剤を買い足すべきか。
平成30年1月10日
便所の血の様な臭いは漸く収まって来た。
平成30年1月11日
父が台所と脱衣所に手摺りを付けた。

平成30年1月18日
平成30年1月15日から祖母が滞在していたが、乾いた唾液か血の様な臭いはしなかった。

平成30年1月28日
13時に母が来る。父が外出中なので祖母を出迎える為に母が先に来たのだろうか。
平成30年1月30日
今日から父は2泊3日の出張。祖母は家にいた儘で母が仕事を短く切り上げて来るらしい。
15時に母が帰る。
平成30年2月4日
祖母が帰るが、受け入れ先がインフルエンザな為明日また来るという。
平成30年2月5日
祖母が来るのは19時だとカレンダーには書き込まれていたが17時53分来る。
平成30年2月8日
祖母が漸く帰って行った。

平成30年3月4日
祖母が帰る。しかし明日また来るらしい。
平成30年3月6日
昨日来る予定だった祖母は来なかった。平成30年3月5日〜平成30年3月9日に滞在するという予定は暦からは消されていた。ゆうこおばさんの家に行ったらしい。
12日から来るとの事。

平成30年3月15日
祖母が帰って行く。祖母は4月迄にはうちに来なく成るという。

平成30年4月5日
祖母が帰る。父の言葉と暦に書き込まれた予定を信じるならば、祖母はもう家には来ない筈。
平成30年4月10日
よく確認してみると脱衣所に置かれていた祖母の椅子が無くなっていた。冷蔵庫の中の祖母と母の調味料は完全に片付いていた。
祖母の部屋はそのままで、母のノートパソコンも居間に置きっぱなし。移動させた長椅子も元には戻っていない。
平成30年4月16日
市川市から借り玄関に置かれていた車椅子と玄関に設置されていた手摺りが無くなっていた。

平成30年4月23日
17時40分母が家に来る。
平成30年4月24日
母のノートパソコンが無くなっていた。

平成30年5月30日
15時頃母が来る。



令和5年12月9日
母方の祖母が病院で意識不明なので見舞いに行かないかと父に誘われるが断る。

令和5年12月10日
父によると母方の祖母は6時に死んだとの事。

令和5年12月12日
父によると令和5年12月17日に葬式が行われるとの事。参加は断る。